写真関係で先週末から色々なものを見てきたのですが、blogにもFacebookにも、それら諸々についてしたためる機会は今までありませんでした (所用に追われていたので)。
東京都美術館で行われた若手現代アート作家の展示「クウキのおもさ」
新井卓氏の「Bright was the morning—ある明るい朝に」 @ 横浜市民ギャラリーあざみ野
写真関係の硬派なNPO法人、SAMURAI FOTOが写真の祭典CP +と並行して開催していた写真展「Emerging Visions of Japan」
いずれも得るところがありましたし、展示どうし少しずつ重なり合うところがあるとも感じました。同時代の人の作品なので、それは必然的にそうなるのだと思いますが。
上2つについては、堆積する時間ということをとても考えさせられました。作品制作にかける時間の長さという点でも、歴史への眼差しという点でも。
新井氏は第五福竜丸をダゲレオタイプで撮ったシリーズで名が売れた作家なので、作品を見れば「あ、これね」とお思いになられる方もかなりいらっしゃると思います。
大きい建造物を小さな区画に分けて撮ったため、ずっと作品にかかりきりだったにもかかわらず制作には数か月を要したとのこと。そのうえダゲレオタイプ自体が時間を要する手法なのです。銀板に薬液を塗り、そこに像を直接定着させる手法なのですが、これだとどうしても高感度にはできないそうで、結果、1枚あたり数分〜十数分の撮影時間が必要になります。
以前、写真家のエヴァレット・ブラウン氏が語っていた話によると、報道写真などの「決定的瞬間」を撮るような写真は、撮影者の側がシャッターを切る瞬間に思いの丈を込めて撮るとうまく行くけれど、露光に時間がかかる類の写真技法 (エヴァレットさんの場合は湿板) を用いて「よし」といえるようなimageを捉えようとすると「空」の心持ちで撮ることになるそうです。それは確かにそうかもしれない。
露光時間を長くして撮った写真は、天体写真などを想像して頂くと分かりやすいと思うのですが、たとえるなら、動画であるにもかかわらず、超高速でループ再生した結果停まって見えている画像のような感じです。カメラを固定して動画を録るとき、撮影者はそもそも作為を放棄するしかない。カメラが回っている間にフレームの中で何が起こるか分からない。「何か」が到来するにせよ、しないにせよ、その結果生まれるimageにとって好都合であることを祈りつつ、「何か」の好都合な到来なり「何か」の非-到来なりを待たなければならない。
歴史を負ったものをダゲレオタイプで撮るとき、できあがったimageにはそれゆえ、被写体の「身体」(←被写体がたとえ物であったとしても、私はこの言葉を使いたいと思います) に残された痕跡と露光時間内に生起した出来事が写真イメージに残した痕跡との両方が含まれていることになります。
複数の時間が同じ場所に姿を表す—文学的な想像力のなせる技だと思います。
プルースト、ベルクソン、ベンヤミン…
実際、新井氏は言葉にとてもこだわりを持っているようで、ステイトメントでも「新しい言葉を」と強く語っていました。彼は、オバマ氏の広島追悼演説の一節 “Bright was the morning (ある明るい朝に)” のある種の凡庸さに違和感を拭いきれなかったそうなのです。未曾有のカタストロフィーを語る言葉であるにもかかわらず、あまりにもありふれた表現だ、と。
私自身は、新しい言葉など信じていません。狭義の、文字通りの言葉については勿論ですが、例えば映像言語や音楽の「語法」といったものについても、もしかするとそうかもしれない。それが語られる文脈や状況、さらには語り手の存在自体がそれを生まれ変わらせる、そういった場合がほとんどだと思っています。
Bright was the morning自体は、直訳してしまうと「その朝は明るかった」とか「明るかったその朝」にしかなりようがないと思いますし、その是非を問うことはここではあえてしません。けれど、「ある明るい朝に」はむしろ衝撃的だと思います。交通事故などの、巷に溢れる悲劇を語る際にこの言い回しを用いるならば、それは安物のテレビドラマ並に安易です。人の悲しみを美しく飾り立てて… と受け取られたとしても仕方のない面はあります。
ただ、原爆はそもそも善悪の彼岸にある存在だと思うのです。
原爆を投下することは、勿論、悪いことです。決してしてはならないことです。むしろ、
正義の名の下であったとしても二度としないでください。
ただ、その性質上、あるいは破壊力上、それはもう人間の制御の範囲を超えていると思うのです。AIが、人間の力を超える「シンギュラリティ (特異点)」をいつどのように迎えるかについて、オバマ氏をはじめ多くの知識人は並々ならぬ関心を抱いていますが、原爆や放射能といったものは、ある意味すでにシンギュラリティを超えた存在です。神が世界を統べるかのように、人類の上に君臨して戦争への抑止力としての役割を果たしている。そのうえ、原爆それ自体が人類の知を結集させて作られた、近代の科学文明の金字塔のようなものでもあります。
そう考えるとき、私は「Emerging Visions of Japan」で拝見したYoshio Eda氏の作品『Next Instant—次の瞬間—』を思い出さないわけには行きません。コンセプトもステイトメントも原爆のこうした「捉えきれなさ」を見事に物語っていたと思うからです。
彼の祖母は長崎の被爆者なのですが、「きれいだったとよ…」が、原爆について彼女が残した最後の言葉だったそうです。Eda氏は、そう語った彼女の気持ちに思いを馳せつつ、ステイトメントで以下のように書いています :
ピカドンの光は核分裂の光で、原理は恒星と同じ。つまり、地上数100mの上空に星が現れるのである。そう考えると、祖母がギリシャ神話のイカロスのように太陽に焦がれ、魅了されても不思議ではない。恒星が光を放った瞬間、街は闇に沈み、生と死の境界線を引く。そして、次の瞬間鉄は曲がり、ガラスは溶け、建物は崩壊し、人は焼けただれて醜い肉塊へ化す。
その瞬間を想像しながら、私はその瞬間の前で時を止めたいと自分の魂が叫ぶのを聞いた。
そう感じた彼は、爆発前の「きれい」な光を、残された情報を元にCGで再現し、写真に撮った現実の光景に重ねていきました。
「原爆は悲惨ですよ」とただ伝えたいだけなら、もっと直接的に「情」に訴えるというやり方も、勿論あり得るでしょう。しかし、原爆が美しかったのは事実です。それは人類の文明が生み出した「作品」なのです。息子や娘がどれほど愚かであったとしても慈しむべき自分の子供であるように、私たちは、ただそれを糾弾し、断罪するだけで済ませることはできません。私たちは
私たちは、善悪の彼岸でしかそれを語ることができない。
善悪の彼方で行われる判断は、かつてなら個人が神に委ねておけばよかった。でももう、この現代世界に神はいない。だから、私たち自身が自らの力で善悪の範疇を超えて語らなければならない。
Eda氏の作品はその端緒を開いてくれるものだと私は感じました。美は、ときに善悪の判断を宙吊りにしてくれます… というより、そのような美こそが、現代芸術においてもまだ失効していない美の、数少ない生存例なのではないでしょうか?
平和というものはきっと、「善」と「悪」が消え去ったところにあるのです。
…と、書いているうちに話がどんどん政治思想的な方向に進み、気づけば「クウキのおもさ」について物すtimingを逸してしまいました! いずれ稿を改めて書ければよいのですが (苦笑)。